ランナー人

第二のタイ王国を誕生させた民族

小タイ族と同じくタイ族諸派に属する民族で、主にチェンマイ県やチェンライ県と中心としたタイ北部に分布している。11世紀に建国されたランナー王朝の主要な民族で、20世紀に小タイ族のチャクリー朝に併合されて同化が進んだ。隣国ミャンマーとの交流や度重なる占領により、中央タイとは異なる独自の文化を有している

独自の文化

ミャンマーからの支配を受けながらも、ランナーの人々は独自的の文化的アイデンティティを継承してきた。宗教や建築だけでなく、ランナー人特有の料理、金属加工、ユニークな織り、ダンスはランナー人の貴重な文化の一つとなっている。

カオソーイ(タイ観光庁HPより引用)

民族料理

ランナー人の代表的な料理はハンレーカレー、カオソーイなど。中部の料理に比べると唐辛子が少なく、ココナッツミルクをあまり使わない調理法が多い。

王国の拡大

ランナー人は、主に中国南部の雲南省から移住した小タイ族と同じタイ族諸派に属している民族として構成されていた。タイ・ユアン族としても知られる彼らは、中国中部とアジアの大部分を支配していたモンゴル人の暴動から逃れるために、中国とベトナムから南に移動した集団であった。ランナー王国は、モンゴル人がミャンマーのバガン王国を征服して解散させた後に形成された。当時チェンセーンでグンヤーン王国の王であったメンラーイは、バガン王国が倒れた後、彼の王国を拡大し始めた。彼はバガン王国で陥落していた都市を集め、ランナー王国にそれらを加え、王国を拡大していった。

影響し合う文化

ミャンマーがランナー王国を占領していた期間に、文化をランナーの人々に強制することはなかったが、双方の文化がお互いの文化に影響し合っているといえる。2つの文化の最も美しい組み合わせの1つは、ファッションである。ミャンマーとランナーの女性は、長くまっすぐなスカートを着用していた。それぞれのスカートのデザインには独自のスタイルがあり、ランナーのスカートは無地の大きなブロックを持つパターンを持ち、ミャンマーのスカートはパターンがより複雑であった。双方の文化が互いに影響し合い、これらの2つのスタイルを組み合わせたスカートが作られた

第二の都市で興ったランナー文化

ランナー王国はチェンマイを中心として築かれた国家であり、現在もチェンマイはタイの「第二の都市」、「工芸が盛んな街」として知られている。この地域を中心として、モン族やタイヤイ族、ビルマ族などさまざまな民族が交流するなか、建築や仏像の様式、言葉や料理、工芸の分野などで「ランナー文化」と称されるタイ北部独自の文化・伝統が育まれてきた。近年はその伝統をベースにタイ芸術の拠点ともなっている。

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